「せやかて、なんもいらんって言うたん白石やで?」

ジュージューと小気味良い音と、香ばしい小麦粉の匂い。部活終わりの空腹にこれ以上の刺激は無いだろう。
けれど眉間の皺は深まるばかりで。どうもすっきりしない心中を顔に出さずに、なんて出来なかったしする必要もないかと思った。
何と言っても今日は自分の誕生日な訳だし、今この場にいるのは後輩であり恋人である金太郎のみだ。今更遠慮する間柄でもない。
そう思って膨れ面を続けていると、テーブルの上のたこ焼き機に注がれていた視線が移され、丸い大きな目で見上げられる。その目はどこか呆れの色を含んでいた。

「いい加減その顔やめや。白石子供みたいやで」
「まだ子供や。16歳や」
「わいより二個上やん。わいよりは大人やん」
「高校生はまだ子供や。煙草も吸えんし酒も飲めん」
「…なんや今日の白石鬱陶しいわ」
「それが誕生日を迎えた恋人に言う事なん?」
「うん、毒手は出さんでええで」

相手すんのめんどいから、なんて冷たい台詞を吐かれて更に気持ちは降下する。一体いつの間に金太郎はこんなにも落ち着いた子になってしまったのだろうか。
確かに誕生日に何が欲しいかと聞かれた時に何もいらないと言った。お小遣いはいつも買い食いですぐに無くなってしまうと知っていたし、祝ってくれる気持ちさえあればいいと思っていたのも本当。
けれど、完璧とか聖書とか言われていても所詮は16歳。期待していなかった訳もなく。
金太郎の誕生日にはちゃんと欲しがっていたゲームをプレゼントした。中古だったけれど。
だから何か、はある筈だと心弾ませていた自分に罪は無い筈だ。今こうして膨れている事だって許して欲しい。
目の前で焼かれているたこ焼きは金太郎のせめてものお祝いだと言うが、実際これだって白石が機嫌を損ねてから提案されたものだ。もし自分から催促をしていなければ本当に金太郎からは何もなく一日が終わった事だろう。
プレゼントが無くたってせめて自分から会いに来てくれるとか、満面の笑みでおめでとう、ちゅ、とかあってもいいんじゃないだろうか。
それなのに現実は部活を終えて中学まで迎えに行ったのも自分。いつも通りの金太郎に誕生日の事を切りだしたのも自分。果ては「え、お祝いいったん?」の一言は胸に突き刺さった。
それらを踏まえれば、こうして不機嫌を露わにする位なんて事ないだろう。だって、金太郎からはまだ「おめでとう」すら聞いていない。
それどころか今の金太郎はゴンタクレている子供を仕方が無いと言う目で見る大人のようで一層腹が立つ。これではいつもと立場が逆だ。
今は徐々に固まって来た生地を錐で突いて様子見なんてして、まるで白石が眼中にない。そこまで来ると段々怒りが寂しさに変化を遂げて、どうにか金太郎に構って欲しくなってくる。

「…なぁ金ちゃん」
「なに?」
「部活楽しい?」
「楽しいで。光もどんどん強なってるし。まだ負けてへんけど」
「部活忙しい?」
「どやろ。テニスは楽しいから忙しいとか思った事ないかなぁ」
「俺の事好き?」
「うん」
「………」
「なぁ白石、小春呼んでええ?」
「なんでや!?」

今の流れでなんでそうなる!?と机にだれていた上体を勢いよく起こすと、眉を垂らした金太郎がせやかて、と呟いてたこ焼き機を示して見せる。

「こんなんなるし」
「…見事にぐちゃぐちゃやな」
「やってわい、自分で焼いた事ないもん。合同学園祭でも結局たこ焼き屋やらんかったし」
「じゃあなんでこないな無謀な事し出してん!」
「白石が祝え言うたからやろー」

我儘やなぁ、なんて言って溜息を一つ。ぐ、と喉が詰まって何も言い返せない。
そのまま押し黙っていると金太郎の意識は再びたこ焼きへと戻ったようで、返し損ねたたこ焼きをどうにか形にしようと必死になっている。
慣れない手つきを見ていると徐々に気持ちが疼き出す。遂に見ていられなくなって、金太郎から錐を奪おうと手を伸ばした。

「金ちゃん、俺やるから貸して」
「アカン、わいがやる!」
「出来てへんから言うてるんやろ。はよ貸し」
「あーかーん!白石は大人しゅうしとけ!」

普段自分が口癖のように金太郎に言っている言葉をまさか言われる方に回るなんて思いもよらず、つい伸ばした手を引っ込めてしまう。
金太郎は満足したように笑って、ぐりぐりと生地をこね回しながら白石にその笑みを向けた。

「今日は白石なんもしたアカン。誕生日やねんから」
「忘れてたくせに」
「忘れてた訳ちゃうわ!」
「余計性質悪いやん!覚えてたのにスルーが一番傷付くわ!」
「…ははっ、今日の白石、ほんまおもろー」

何がおかしいのか、こんなにも怒りを露わにしていると言うのに金太郎は声を上げて笑う。しかもどこか嬉しそうに。
その態度が腑に落ちずにまた頬を膨らませていると、目の前に皿が差し出された。最早たこ焼きと呼べた物ではない、ぐちゃぐちゃになった生地の塊。
ところどころ具がはみ出しているそれが乗った皿を受け取り呆然と眺めていると、無遠慮に伸びた手がてっぺんからソースをぶっかける。匂いはいいが、非常にグロい。

「出来上がりや。名付けて超ウルトラグレートデリシャス、大車輪山盛りたこ焼きや!」
「…凄いネーミングやね金ちゃん。そんで凄い見た目やわ」
「食べたら一緒やって」

仕上げにと鰹節、青のりを振りかけたそれはたこ焼きと言うよりはぐちゃぐちゃにしたお好み焼きのようだった。あくまで良く言えば、だけれど。
箸を渡されて満面の笑みで見つめられれば食べない訳にも行かず、意を決して少量をそっと口に運ぶ。
まぁ、見た目程味は悪くなかった。材料はたこ焼きのそれだし、大分緩いと言う点を除けば金太郎にすれば上出来な方かもしれない。

「うん…喰える。割と」
「ほなわいも喰おー」
「え、俺毒見?」
「ちゃうもん、一番に白石に食べて欲しかっただけや」
「………」

そう言って皿に盛った物体を箸でかきこんで、金太郎はソースに塗れさせた口で弧を描いた。
そんな彼を見ていると、先程までの不機嫌が嘘のように心が解れてくる。自分はそんなにお安いヤツだったかと首を傾げて、もう一口と食べたそれは格段に美味を増している、気がした。
そしてふと、舌が感じた違和感に気付く。

「あれ、?」
「んー?」
「金ちゃん、これチーズ入れた?」
「おん、入れたで。って目の前で作ってたやん」
「見てなかったわ」
「白石チーズ好きやろ?」
「…うん、好き」

そう呟いてから、ぐ、と箸を持つ手に力が籠った。行儀悪いと思いながらも、今度は金太郎の様に皿に口を付けてたこ焼きをかっこむ。
なんだか頬が熱い。その原因を考えれば、やはり自分は「そんなお安いヤツ」だったという結論に辿り着く。
結局のところお祝いをスルーされて悲しくても、誕生日や好きなものをこうしてきちんと覚えていてくれるだけでこんなにも嬉しくなる自分が居る。
そして自分をそうさせる唯一の存在が手ずから苦手な料理を作ってくれたのだからそれはもう、嬉しいを通りこして幸せなのは当たり前で。
口の中一杯に詰め込んだ幸せを噛み締めながら、今年のところはこれでいいかという気になってくる。

「なぁ白石」
「なんや金ちゃん」
「ケーキ買いに行こか」
「え?」
「貯金箱の中身集めたら、一切れ位は買えんで」

そう言ってベッドの下から何の形だかわからない(寅?馬?寧ろ動物?)貯金箱を取り出した金太郎は耳元でそれを上下に振った。
じゃらじゃらという小銭の音を確認して、皿を置いた手で腕を掴んでくる。

「誕生日にはやっぱりケーキやろ。あ、でも半分こやで」
「金ちゃん…」
「苺は白石にやるな」

そんで、と言葉を区切って立ち上がった金太郎は柔らかく微笑んで。

「その時に、言うたるから」

そう言った。何を、とは言わなかったけど。
引かれるがまま後について行って、家を出たところでようやく我に返る。
ああもう、結局こうだ。いつもいつも、自分は金太郎のペースに上手く乗せられてしまう。
本人も無意識であろうそれは、こんなにも幸せな気持ちを与えてくれるのだ。そして16歳を迎えてから、17歳になるまでの一年も、ずっとそうしてくれるのだろう。

「金ちゃん」
「なに?」
「苺はあげるわ」
「へ?なんで?」
「んー?なんや幸せやから」
「えー。白石意味わからん」

そう言いながらも微笑んでいる彼の手を、今度は自分から繋ぎに行った。
一年の計は元旦にあり。それを都合良く誕生日に脳内変換して。
こうして二人共に歩ける一年になるようにと、願いを込めて握りしめた手に力を込めた。



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白石おめでとう!永遠の15歳なのに16歳にしてごめん!
しかも白金要素皆無。いつの時代も新ジャンルに来た一発目はキャラが掴めない…。
金ちゃんはこうしてたまに白石がぶーたれるのが嬉しかったりしたらいい。対等っぽくて。
この白石は金ちゃんにはかっこつけたいと思ってたけど段々無理だと知って既に諦めてる感じでひとつ。


10.04.14