例えるなら果てなき空のような、白石にとってはそんな存在だった。
 忍足謙也と言う男は。





「おしたりけんや、特技は早食いとちょっとドラム叩ける事です。宜しくー」
入学式を終えて教室に戻りすぐに行われた自己紹介で先程の疑問の答えは簡単に知る事が出来た。自分の座る席の斜め前で立ち真っ直ぐ前を見据えている彼が例の忍足という苗字の持ち主かと、つい上から下まで眺めてしまう。
身長は多分同じ位。セットしているのか、黒い髪は綺麗に形を成している。白石の座る位置からは正面を見る事は出来ないが、形の良い目尻と通った鼻筋、人懐こそうに上がった口角に大半の人間は好感を持つだろう。加えてはきはきと声を発する話し方。入学したての自己紹介で少しの照れも見せず堂々としたところを見ると彼は余程人好きする性格なのかもしれない。
(おしたり、って読むんか。あれで)
 早速一つ勉強になったと一人のクラスメイトの名前を覚えたところで視線を教卓へと向ける。ふと、何か見られているような気になって視線だけを動かし周囲を確認した。すぐにその理由が知れて、白石は少し肩を落とす。
 視線の主はどうやら一人ではないらしい。男子生徒は多分白石の髪色を珍しく思って見ているのだろう。女生徒の方は自惚れてしまうがそういう意味で間違いないと、経験上そう思った。男子より女子の方がその手の感情を抱く時期が早い為か、小学校でも告白等を受けた事もある。
 じろじろ見られていい気はしないが既に慣れた事でもあった。




「才色兼備、ってお前みたいな奴の事言うんやろな」
「は?」
 忍足は上履きを自分の靴箱に放り投げながらこちらを見もせずにそう言った。その刹那は何を言われたのか理解出来なくて呆けていたが、すぐに顔が熱くなってむかつきが腹に溜まる。
 馬鹿にされた、と奥歯を噛んだ。小学校の時もこうして顔の事や成績、身体能力の事を言ってくる奴が居た。優れている事は本来褒められこそしても貶される事ではないのに。
 流石に何か言い返してやろうと口を開いた途端、靴に踵を押し込んだ忍足が顔を上げる。そしてその顔に二度見たあの笑みが浮かんでいた事に怯んで、言葉が胃まで押し戻されてしまう。





「お前に…忍足に俺の気持ちなんかわからんやろ!」
「ああわからんわ!自分信頼してついてきてる部員を一個も信じてないお前の気持ちなんかわかりたくあるか!」
「信頼?そんなんされてる訳あらへん。こんな自分に手一杯でまともにアドバイスもしてやれんような…決めた事しか出来んような部長に、信頼なんて寄せる訳ないやろ…」
「白石…」
 尻すぼみになった声はそれでも忍足に届いたようで、か細い声で名前を呼ばれる。こんな弱い部分知られたくなかった。一表に出せば十全てが洩れて出てしまうからと、必死に押し隠してきたのに。
 限られた自分に出来る事の中で何よりも求められると思ったのはやはりテニスの腕だった。一生懸命に頑張る部員達の力になる事が出来ないならせめて、彼らを上に導く為に必要なのは団体戦での一勝。
 部長として部を纏める事が出来ないのならせめて勝つ事で上に立つしかない。勝ったモン勝ちの精神を貫く事でしか自分の存在は認められないのだからと、そう思って。



「俺、謙也の事ほんまに好きみたいやわ」


10.09.30