あの頃は引いてもらう為に只、手を伸ばすだけの少年だった。それを今更、痛い程に思い知った。
金ちゃん、一緒に住もう。
その言葉が何を意味するのかわからない程、もう子供では無かった。言葉と共に差し出された指輪の意味だって瞬時に理解出来た。
白石が中学を卒業する春に告白されて、付き合いだして。五年という月日が長いのか短いのかはよくわからないけれど、その関係が壊れる事はなかった。
お互い時間の許す限りは一緒に居たし、何より白石の事が好きだった。好きな人は沢山いたけれど、白石に抱く気持ちが特別な事は子供ながらに、誰より自分が一番よく知っていた。
だから、白石のその言葉を聞くまでは疑いもしなかった。白石の傍に居る事を。白石と付き合い続けると言う事を。
嬉しかった。一緒に住もうと言う言葉は事実上のプロポーズ。指輪は生涯を共にするという証。差し出されたそれを、笑顔で受け取ろうと手を伸ばした。
なのに、白石の手に触れる瞬間身体がぴたりと固まった。急に、不安と疑問が心を覆い隠すように沸いて出たのだ。
この先、白石の傍にずっといるのは自分。そう、疑いもしなかった事に初めて抱いた疑問だった。それで本当にいいのだろうかと。
年の近い男同士が同じ部屋に住む事に、近所の目は不審を抱かないだろうか。何より白石の両親が不思議に思わない筈が無い。いや違うそんな事よりも。
白石を、ずっと自分に縛り付けていいのだろうか。白石の告白に始まった関係とはいえ、彼の一生を同性の自分が奪ってしまって本当にいいのだろうか、と。
「…花火綺麗やな」
一瞬取り乱したように見えた白石はすぐに平然を装って金太郎に微笑みかける。けれど、金太郎は気付いてしまった。
この白石の頬笑みが。自分を見つめる、眼差しが。決して子供扱いしているそれでは無いという事に。
白石は一歩進み出て金太郎に並び、腕を組んで今度こそ空を見上げる。大きな音と共に次々と打ち上がる花火を眺め、擦れる程の声で囁いた。
「綺麗やな、ほんまに」
花火を見上げる白石の横顔が、何よりも綺麗だった。これは、初めて見る景色。あの頃の、花火に夢中だった金太郎は知らない表情。
途端に、どうしてか金太郎の心に不安が芽生えた。花火の明かりに照らされる白石が、どこかに行ってしまいそうで。
ぐ、と奥歯を噛み締めて白石の浴衣の袖をきゅっと掴んだ。それに気付いた白石は視線を下ろして、ふ、と柔らかく微笑む。そして、少しだけ眉を落としてから金太郎の頭を撫でた。
この時、もしかしたら白石も今の自分と同じ様な不安を感じていたのだろうかと。
金太郎は、再び花火を見上げながらぼんやりと考えた。
「金太郎の事が好きや」
その言葉がもたらした衝撃はあの頃と少しも変わっていなかった。それまで少しも自覚していなかった感情が、一気に全て浮き彫りにされたような感覚に陥る。
心音が早い。喉はからからに乾いている。でも、白石はずっと金太郎を見ていた。
何か言わないと。どうにか返さないとと思い声を絞り出す。擦れたそれは、どうにか白石にだけ届くようなものだった。
「…わいも白石の事、好きやで」
刹那、白石は一瞬表情を歪めた。同じ気持ちを返したというのに、少しも嬉しそうではない。
添えられた右手に力が籠ったのがわかる。白石は腰を屈めて、顔の距離を十センチにまで縮めてきた。
「金太郎、俺が言うてる好きは…友達や仲間としての好きと違うねんで?」
「違う…?」
呟いた直後、二人の距離が一瞬にして埋められた。白石の唇が金太郎のそれと重なり、それがどういう行為なのかはこの時の金太郎でも流石に知っていた。
呆然と目を丸めて立ち尽くす金太郎から、白石は数秒そうしてから離れる。見上げると、そこには辛そうに無理やり笑う白石の顔があった。
11.03.09