今日は多分早くは帰られへん。母親にそう告げてから家を出た。
後ろからなんで?とか終業式だけやろ?とか声がかかるけど、一言部活、とだけ言い残して。
ほんまは、それ以外の期待もあったけど。
7月20日。今日は俺の誕生日やから。
「財前誕生日おめでとー!」
終業式を終えて部室に入って早々、あちこちからそんな言葉をかけられた。
あまりに大勢が口々に言うもんやからやや視線を落としてども、としか返せんかったけど。
「プレゼントそこ積んどいたで」
持参した弁当を食べていたユウジ先輩が端で指した先は畳スペースで、壁沿いには箱や袋が言葉通りに積まれてた。
目を丸めてから瞬いて、どれが誰からって聞こうとした時に部室のドアが開く。
「あれ、俺一番最後?」
「遅いわ謙也」
「クラスの奴らに捕まっとってん」
言いながらロッカーを開けて荷物を放り込んだ謙也さんは、俺と目が合った途端満面の笑みを浮かべる。
「光も早く着替えや」
今来た人に言われたくないと思いながらも、早く着替えて弁当を食べてしまわないと練習を始められんのも確かやから言い返さずに自分もロッカーを開けた。
荷物を置いてユニフォームを取り出したところで、部長の手が肩をぽんと叩く。
「財前、ちゃう」
「え?」
「お前が着がえんの、あっち」
そう言って部長が指したのは積み上げられたプレゼント。
意味がわからずボタンを外しかけた手を止めて眺めていると焦れたのか、部長は山から一つの袋を手にして勝手にテープを外し中身を取り出し投げて寄こす。
咄嗟に受け止めたそれは、濃いピンクのタンクトップだった。
「それ俺と金ちゃんからな」
「はぁ」
「そんでこれが千歳からで、」
言いながら今度は黄色いチェックのシャツを投げられ、次に飛んできた黒のクロップドパンツは受け取れず頭に引っかかる。
「それが銀と小石川」
「は…え?」
「でもってこれがアタシとユウ君からよー」
小春先輩が包装紙を破いて蓋を開けた箱には、やたらカラフルなスニーカー。
そこでようやく成程、と理解に到った。どうやら先輩らは合わせて使えるプレゼントを企画してくれたらしい。
「…有難うございます。大事にしますわ」
「大事にするのは結構やけど、今それに着がえるねん」
「なんでですか」
「光まだ?」
会話に割って入って来た声に振り返ると、そこにはユニフォームでは無く私服に身を包んだ謙也さんが立っていた。
Tシャツにジーパンと言う見慣れた格好も、部室で見ると何か違和感。
いやいやその前にと、さっき部長に言った言葉を今度は謙也さんに向ける。
「なんで?」
「服?家から持ってきた」
「やからなんでって」
「財前は今日部活免除の特権をオサムちゃんからプレゼントされてるから」
「はぁ」
「で、俺はそんな光を今日一日楽しませる役っちゅー話や」
得意げに言ってどや、って顔されてもどう反応していいんかすぐには頭が追い付かんかった。
でも取りあえず皆で考えてこんな計画を立ててくれたんやなって思ったらやっと全部飲み込めて、素直に受け取った服に着替える。
タンクトップを着てシャツに袖を通しながら、弁当を黙々と食べ続けるレギュラー陣を振り返った。
「ほんま有難うございます。気使わせてすんません」
「ええって。楽しんで来いや」
ひらひらと箸を振られる様がはよ行け、と言われているように感じて制服を手早く鞄に詰め込む。
そういや弁当どうしようと思ってたら謙也さんが昼飯は外で喰うから金ちゃんにでもあげって言うからその通りにする。
最後にもっかい礼を言って、謙也さんと二人部室を後にした。
「昼何喰いたい?」
「俺金ないですよ」
「今日くらい奢るって。何でもええで」
あれがいい?これがいい?って甲斐甲斐しく訪ねてくれる謙也さんを見上げると、いつも通りの優しい笑顔。
目が合うと「ん?」って答えを促すように少し首を傾げられる。
少し考えて、返事をしようと口を開いて、もう一回閉じた。そっからもう少し考える。
待つのが嫌いな謙也さんは何か言いたそうやけど黙ってて、じっと俺の方を見てた。
「じゃあ、あれで」
「あれ?」
俺が指差した先に視線を投げた謙也さんは、その店を見て数度瞬きを繰り返した。
「あれでいいん?」
「はい。最近喰うてないんで」
どこか腑に落ちないような表情の謙也さんを置いて俺は先々に歩いて行く。
謙也さんもすぐに追いついて来たけど、何回もほんまにいいん?何でもええんやでって確認してくる。
「俺は今ラーメンが喰いたい気分なんです」
「…そっか。なら、ええか」
そこまで言ってやっと納得したらしい謙也さんは券売機でチャーシュー麺の食券を二枚買って店員に手渡した。
光は座っときって言われるままに大人しく空いてる席で待ってたら謙也さんが水を二人分運んで来てくれる。ほんまに甲斐甲斐しい。
「ども」
「なぁ、食べたらどこ行く?」
「ノープランっすか」
「光の行きたいとこってプランやからなぁ」
「丸投げやん」
まぁな、って謙也さんが笑ったところでカウンターから声がかかる。
立ち上がろうとするのを制されて、浮かした腰をそのまま落とした。
運んでくれたラーメンにはコショウが少しかかってて、謙也さんの分にはニラとキムチが山盛りにされてる。
差し出された箸を受け取って早速麺を持ち上げると、同じ様にした謙也さんが麺を啜る前にもう一度念押してきた。
「喰いながらでええから、考えといてな」
「行きたいとこ?」
「うん。どこでもええから」
その言葉を最後に、謙也さんは豪快に麺を啜り始める。余程お腹が空いてたのか、いつもより食べるのが早い。
その姿を眺めながら、俺は思考を巡らせて謙也さんより大分ゆっくりとラーメンを平らげた。
「なぁ光」
「なんですか」
「お前もしかして気使ってる?」
「そんなことないっすよ」
平然と返しながらも、流石にバレたかって内心では思った。
ラーメン喰って、映画見たいかもって映画館には行ったものの結局見たいのが無いって理由で中止。
今度は買い物したいってあちこち謙也さんを連れ回したけど最終的に欲しいの見つからんってなって今、二人で公園のベンチに座って缶ジュース飲んでる現状。
日も落ち始めて既に夕方。夕日に照らされた謙也さんの横顔は少し寂しそうで、そんな顔させたいわけちゃうのにってかける言葉に悩む。
ちびちびジュース飲みながら考えている間に、謙也さんが先に口を開いた。
「俺、付き合って初めての光の誕生日やからって色々考えてはいてんで」
「うん、知ってます」
「でも光の誕生日やし、光が行きたいとことかしたい事叶えたる方がええかなって思って…」
「はい」
「丸投げされたん、嫌やった?」
不安そうに聞いてくる謙也さんの肩がすっかり落ちていて、見ていて居た堪れなくなる。
そんな事ない、って言いそうになるのを堪えて、缶を掌で遊ばせながら間を置いて問い返した。
「その質問に答える前に、一個聞きたい事があるんですけど」
「何?」
「正直に答えてくれる?」
「うん、何?」
「小遣いなんぼ前借りしたんすか」
ぴた、と謙也さんの表情が凍りつく。その様にやっぱりか、と確信を抱いて一つ溜息を漏らした。
そんな俺の様子に焦ったんか、謙也さんは引き攣った笑顔でどもりながら「なな、何の事?」とか言い返してくる。
嘘の吐けないこの人やから好きなんやけど、ここまでわかりやすいのも困りもんやなぁと思いながら横目で謙也さんに視線を投げた。
「先輩らからのプレゼント、謙也さん金出してるでしょ」
「だ、誰に聞いたん!?」
「やっぱり」
「あ」
しまったって顔してももう遅い。服見た時からなんとなくは想像ついてた。
タンクトップも、シャツも、パンツも。スニーカーだって、全部俺の好きなメーカー。
俺の私服を数える程も見た事ない謙也さん以外の人が選べるはずもないし、連名にしても中学生が選ぶには少し予算オーバーな品々。
そのオーバー分をこの人が払ったんやろうなって思ったら、それ以上を望む事は出来んかった。
謙也さんは優しいからそれを俺が知って気使ってたってわかったら凹むやろなぁとは思ったけど、来年また同じことを繰り返されたら堪らない。
嬉しくない訳じゃないけど、でもそうじゃなくてって事をどう伝えようか考える間に謙也さんのしょぼくれた声が聞こえた。
「ごめん…」
「え?」
「や、もっとスマートに出来んでごめん…」
最後の方は殆ど擦れて聞こえないような声で呟いて、謙也さんはすっかり項垂れてしまう。
折角の誕生日やのにな、って見当違いの事を言い出す謙也さんに段々と苛ついてきてつい垂れた頭をどついてしまった。
「いたっ」
「謙也さんのあほ」
「あほって…いやまぁあほやけど」
「そこは否定しろや。ああもう、」
がしがしと頭をかいて、どうも上手い言い回しが思いつかなくて焦れてくる。
その間も謙也さんは悲しげな眼で見詰めてくるしで余計頭が回らない。
素直にものを言うのは苦手やけど、上手く言うんはもっと苦手やと観念して口を開いた。
「やから…そら俺かって一緒におれるだけでいいとか、気持ちがあればなんもいらんとかそこまで出来た人間ちゃうけど。でもこれ、要は謙也さんからのプレゼントでもあるんやろ?」
服の裾を摘まんで言えば、謙也さんは戸惑いながらも小さく頷いて見せる。
「…まぁ、そやけど」
「じゃあいいやないですか。俺このスニーカー欲しかったし、ラーメンも美味かったし。部活もサボれて万々歳や」
「…ほんまに?」
「後は帰りにコンビニで白玉ぜんざい買ってくれたら充分です」
一応と思って付け足せば謙也さんはようやく笑って、そっか、と安心したように息を吐いた。
その笑顔に俺も安心して、ジュースを飲みほして立ち上がる。
缶を捨てようと一歩踏み出したところで腕を引かれて振り返れば、謙也さんも立って俺を見下ろしながら優しい声で囁いた。
「光、誕生日おめでとう」
「…あ、言われてませんでしたね」
「うん。ケーキでも喰うやろし、その時に言おって思ってた」
これもな、って言い足して謙也さんがポケットから取り出したのはシルバーのネックレス。
抱きこまれるようにして首に付けられたそれには、英字が刻印されたプレートが付いてた。細かくて何書いてるんかはわからんけど。
照れくさそうに笑う謙也さんに微笑み返して、チェーンを摘んでヘッドを振って見せた。
「こんだけされたら充分っすわ」
「や、ほんまはバースデーネックレス作りたかってんけどな。流石に高かったわ」
「そんなん肩凝るしいらんわ。なぁ、これなんて書いてるん?」
「え、知らん。なんか格好いいからそれにした」
「…何それ」
笑って、そのまま謙也さんの肩に頭乗せたら控えめに両手を回してくれた。
暗くなったし、誰もいないしって言い聞かせて俺も手を回す。
「謙也さん、明後日暇ですか?部活の後」
「へ?うん、暇」
「じゃあうち来て下さい。家族出かけるねん」
「…えーと、うん。行く」
俺の言葉の真意を正しく理解したらしい反応に満足して身体を離す。
暗いし送るわって申し出を素直に受けて、いつもより少しゆっくり歩いた。
流石に手は繋がんかったけど、肩が触れる位には近付いて。
「俺、明後日もこの服着ますから」
「うん?」
「脱がせたいから服なんでしょ?」
「だっ、ちゃうわ!」
焦る謙也さんが面白くて笑えば、仕返しとばかりに髪の毛をくしゃくしゃにかき混ぜられる。
その手が自分に触れてる事が嬉しいって、そんな風に想える相手ならやっぱり一緒にいれるだけでもいいかなって思ったけど。折角やしぜんざいは買って貰った。
来年俺は謙也さんをどうやって祝おうかな、とか。
そんな先の事を考えながら、俺は幸せな気持ちで誕生日を終えた。
うん、やっぱり充分過ぎる程幸せです。そう、いつか言お。
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光誕生日おめでとう!祝えてるのかよくわからん話。
謙也くんは恋人の誕生日とかめっちゃ気合入れそうですよね。ええかっこしいだし。
でも中学生なんやしマクド奢る位で良いんじゃないのか正直とかも思った。なんにしても謙光万歳。
10.07.20