「はいこれ。良かったら書いていき」

学校帰りに宝寺近くの駄菓子屋でアイスを買って、五十円玉と十円玉のお釣りと一緒に渡されたのは二枚の長方形の色紙やった。
取り敢えず受けとって見ると、微笑んだおばちゃんはカレンダーを示して今日は七夕やで、と告げる。

「あー、七月七日…」
「表に台出してるから書いていき」
「おばちゃーん、俺もう中三やで」
「あら、ほなおばちゃんなんかとっくにアウトやないの」

失礼な子やわーと言いながらも楽しそうなおばちゃんに礼を言って店を出る。
見れば確かに台と小さな笹が出てて、そこには色とりどりの短冊が吊されてた。
そしてその前には連れの姿。財前はぼんやりと笹を眺めている。

「ん」
「あ、どうも」

きんきんに凍ったチューペットを膝で半分に折って差し出せば、財前は申し訳程度に頭を下げて受け取ったそれを早々に口にくわえる。
俺もそうして口に広がる甘く冷たい感触を楽しんでから、渡された短冊を財前の目の前で振った。

「これ、おばちゃんが書いてけって」
「ああ、もろたんすか」
「折角やし書く?」

一応と思って聞いて見れば財前はそれにたいしては返事をせず、再び風に揺れる短冊に視線を移した。
近所の子供達の願いが篭められたそれらに俺も少し興味を持って、一枚を指で拾い不格好ながら一生懸命書かれたであろう文章を目で追う。

「ははっ、可愛いな。空をとべますように、やて」
「そんな純粋な願いの中に、こんなんも混ざってるんすよねぇ」
「ん?」

溜息混じりに財前が指した短冊には、大きく『嵐当選!』と書かれていた。

「なにそれ」
「多分、嵐のライブチケット当たりますように、って事やろ」
「わ、急に現実的なもんきたな」
「ほんで多分、これが遠山でこっちは部長っすわ」

今度は二枚の短冊を見せられる。
片方は『たこ焼き山盛り食べたい』。もう片方には『毒草聖書で本出版』。

「可愛ない……可愛ないで白石…」
「ま、こんだけ皆恥晒してんならもうええやろ」
「え?」

少しずり落ちたリュックを背負い直し低い台に短冊を置いた財前は、残りが半分程に減ったアイスの端を噛んで備え付けのペンの蓋を外す。

「…ええ!書くん!?」
「ん、タダやし」

ペンを持ったまま少し悩む財前を、俺は信じられんものを見るような目で見てたと思う。
だってまさか財前がこんな行事に参加するなんてどう考えても柄じゃないやろ。
けど金ちゃんも白石も書いてるんやったらまあ有りなんか、と思い直して俺も台に向き合った。もう一本あったペンを手に取る。
蓋を外したペン先を緑の短冊に向けて、固まった。
願い事と言ってもそう簡単には出て来ない。ない訳ではないから有り過ぎるのか。
悩みながら財前の方を見れば、もう書き終わったらしく短冊にこよりを結び付けているところやった。

「もう書いたん?」
「うん」

淡々と笹の上の方に短冊を結び終えた財前は俺の方を見て、次にまだ何も書かれていない短冊に視線を落とす。
まるで急かすようなその目に焦って、俺は慌てて手を動かして短冊を文字で埋めた。

「一生スピードスター…なんすかそのあほな願い」
「う、うるさい!お前が急かすから、」
「まともな事書いてんの俺だけですか」

ほんま四天の恥晒しやわーとか言いながら財前は溶けたアイスをちゅーっと吸い尽くして空をごみ箱に捨てた。
気が付けば俺の手の中のアイスも溶けとって、同じように吸いながら財前の短冊を見上げる。
そこには割と綺麗な字で『全国制覇 四天宝寺中テニス部』とあった。

「……それがあったか」
「寧ろ今の時期これしかないやろ」
「白石は何をやっとるんや」
「あんたもな」

呆れた、と言うよりは馬鹿にしたように言って、財前は身を翻してさっさと歩いて行ってしまう。
吸い付くしたアイスの空を捨てて後を追った。すぐに追いついて並べば、遠くを眺める財前が目線はそのままに口を開く。

「謙也さん、織姫と彦星の関係知ってます?」
「恋人やろ?」
「ちゃいますよ、夫婦です」

その答えに目を瞬かせる。
七夕の話はあらかた知ってるつもりやったけど、夫婦やとは知らんかった。

「夫婦やのに一年に一回しか会えんの?」
「そう。俺それ聞いて、一年に一回しか会えん夫婦よりずっと一緒におれる恋人のがええなって思ったんすわ」
「そらまあ、確かに」

恋人と夫婦やったら夫婦のが絆は強いかもしらん。
でもやっぱり一年に一回しか会えんのやったら恋人のままずっと一緒におれる方がいいに決まってる。
財前の横顔を伺えば、相変わらず目線を遠くに投げて何を考えているのかわからないような表情をしていた。
暫く眺めているとふと、その目線がこちらに向けられる。何故か焦って顔を反らした。

「…俺ね、考えたんです」
「ん?」
「夫婦でいるより恋人でいる方がずっと一緒におれる…そんなパターンもあるんやったら、俺の恋は間違ってないんかもって」
「へ?」
「なあ、謙也さん」

立ち止まった財前が、一歩先に進んだ俺を真っすぐに見据える。
その目に篭った感情が全て注ぎ込まれるような感覚に、微かに身体が震えた。

「俺は、やっぱり間違ってますか?」

その言葉で、財前の言わんとする事がはっきりとわかった。
お互いに気付いてない訳やなくて、ただ、言い出せんかった事。
縋るようなその目が、痛々しくて仕方なかった。

「財前…」
「…すんません、忘れて下さい」

細く名前を呼べば、ふっと目を伏せた財前はそうとだけ言ってまた先を歩き出した。
三歩程間を空けて後ろを歩きながら、妙に早い鼓動に戸惑う。
あーもう、まだ心の準備期間やったのに。
そう思っても仕方ない。こんな背中一杯で悲しみを表す財前を、このまま帰すわけにはいかん。

「財前」
「はい?」
「俺かて、考えてたんやからな」
「は?」
「後13日で覚悟決めな、って」

財前の歩みが再び止まる。けど振り返る事はしなくて、そのまま俺も立ち止まった。

「空気読んでや。とんだフライングやで」
「……そんなん、知らん」
「知らんて、お前なぁ、」
「やって知らんわそんなん!」

大声で叫んだ財前の拳がきつく握りしめられる。
俯いて、震える肩が目についた。
抱きしめてやりたくて一歩近付いたところで、財前が振り返る。
顔を真っ赤にして、目にはうっすら涙を浮かべて。
うわ何その顔ちゅーしたいとか思ってる間に足が止まってしまった。

「け、んやさんがんな…そんなん、考えてるとか…おれっ、俺が知る訳…ないやないですかっ!」
「う、うん…そやな」
「あんたがっ…あんた、ノーマルやんか」
「おん…てか財前もやろ」
「…そやけど」

ふい、と視線を横に逸らしてむす、と唇を尖らせてしまう財前は拗ねているように見えて。
そんな態度も可愛く思えて堪らず距離を詰めて手を取った。

「ちょ、謙也さん」
「人出てきたら離すから」
「…話、終わってへん」
「やから、後13日待って」
「へ、」
「それまでにノーマルの俺がなんで、とか答えちゃんと言えるようにしとくしやな」

有無を言わさぬように言えば、ようやく財前は黙り込んだ。
手を掴んだまま歩き続けても文句は言わん。
こそっと盗み見た顔が先程までのように悲しみで溢れてはなかったから、今日のところは大丈夫やろう。
後少しで財前の家。そこでようやく言葉を発したのは財前やった。

「七夕、家でやりました。昨日、短冊書いて」
「うん」
「全国制覇も嘘ちゃうけど、家のには別の事書いてん」
「なんて?」

首だけで振り返って伺えば、そこには柔らかく笑った財前がおって。

「13日後に教えたります」

そう、楽しそうに言った。
不覚にもその笑顔にくらっときて、家の前でフライングちゅーを頬っぺにしてしまったんは多分誰にも見られてないけど。
驚きに目を丸めながらも文句は言わなかった財前を眺めながら、早く口にしたいなぁ、なんてぼんやり13日後に意識を飛ばした。



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織姫と彦星って夫婦だったんだって。私も知らなかった。
中学生ってギリこういう行事参加するかなぁと思ったネタ。
因みに「嵐当選」は実際私が某デパートで見た短冊です。当たると良いですね(笑)

10.07.07