後一時間頑張ったら昼休みってとこで俺の眠気は限界まで膨らんだ。
俺だけじゃない、クラスの男子の大半は瞼が半分しか開いてへん。
四年に一度のお祭りが深夜に行われてるって事は誰しもが知るところやから先生らもいつもよりは多めに見てはくれてる。
でも四時間目は世界史。窓際の一番後ろの席な俺は確実に寝てまうやろう。
ならもういっそサボってどっかでぐっと寝て午後の授業に身を入れた方が賢明やと思って休み時間ももう終わるって頃に教室を出た。
少し白石に咎められたけどお小言を聞く余裕もなくて適当に交わしておいた。
体育倉庫、視聴覚室、裏庭と思い浮かべて、結局は部室に向かう。一番無難な場所やし当番で鍵も持っとるし。
一応人目を気にしつつ移動し、後少しで部室ってとこで四時間目開始のチャイムが鳴り響いた。
部室のドアノブに手をかけてふと、中に人の気配を感じる。
微かな物音を訝しく思いながらもドアを開けたら、鍵はかかってなかった。
誰やと思って中に入ったら調度シャワールームから出てきた財前と目が合う。
「あ」
「あ…なんや、財前もサボりか」
人がおるなんて思ってもなかったんか、財前はボクサーパンツ一丁で頭にタオルを被せただけの格好やった。
今更そんなん部活で見慣れてるから恥じらいもなんもないけど、一応驚いたらしい財前は目を丸めて動きを止めている。
けどすぐに硬直を解いた財前は小さく「っす」と言って頭をがしがしと雑に拭いた。
畳の上に放り出されたビニールバッグを見て、財前のクラスがプール学習だった事を知る。
「なんや、プールの脇にもシャワーあるやん」
「混むし、温度低過ぎて嫌なんすわ」
「そんでサボり?」
「クロールテスト真剣にやり過ぎて。次古典やしどうせなら部室で寝よ思て」
自分と似たような思考回路の財前に思わず笑みが漏れる。
少し声を立てて笑うと、タオルを取って髪をばさばさ掻き回す財前がわかりにくく表情を歪めた。
「なに?」
「や、俺も。サッカー見て寝不足やから、寝にきてん」
「ああ、俺も見てましたわ。兄貴なんか今日有給推奨日やからってビール飲みながら騒いどったし」
学生は辛いっすね、なんて言いながらビニールバッグを拾い上げる。
中に手を突っ込んで取り出したのはドライヤー。
そんなもん持ってきたんかと突っ込めば、今度はわかりやすく眉をしかめられた。
「クラスの女子に借りただけです」
「あ、なんや」
「寝にきたとこ悪いっすけど、ちょっとだけ煩いですよ」
財前はそう断ってからドライヤーのコードをコンセントに繋いで、確かに煩いドライヤー特有の音が部室に響いた。
一応ごろんと畳に寝転んでみるが、財前と会話した事により少し晴れた眠気はこの騒音の中では余計に深まって行く様子はない。
仕方なく財前の髪が乾くのを待つかと思いそちらに視線を向けると、まだ一分も経ってないのにドライヤーのスイッチが切られる。
見れば、いつもはツンツンしてる髪はへたりと重力に従っとって、普段より黒々と見えるそれは明らかにまだ水分を含んだままやった。
「え、もう終わり?」
「は、…何が?」
「まだ全然乾いてへんやん!」
「や…こんなもんでしょ、男のドライヤーなんか」
前髪を指先で弄りながら上目に確かめる財前はそれ以上乾かす気はないらしく、鞄からヘアワックスと鏡を取り出して机に向かった。
完全に眠気が飛んだ俺は立ち上がってドライヤーを拾い財前の背後に立つ。
それに気付いて振り向いた財前に、COOLにセットしたドライヤーから冷風を浴びせてやる。
「わぷっ!」
「ふはっ、間抜けな顔」
そこで一旦スイッチを切ると、思い切り睨み上げてくる財前と視線がかち合う。
なにすんねん、とやや低い声で言われても怖くなんかない。
髪を立ててない財前は、いつもより大分幼い印象を見せた。
「乾かしたるわ。前向き」
「…いいって」
「まーまー、そう遠慮せんと」
強引に財前の頭を前に向けて今度は温風でスイッチを入れる。
髪を手ですきながらドライヤーを向けると財前も諦めたように大人しくなった。
ブリーチしてる俺の髪と違って一度も染めてない財前の髪は柔らかくて指通りがいい。
触ってるだけでなんか気持ち良くなってきて、今更眠気が再び襲ってきた。
それでも後頭部、サイドと順に乾かしてもう完全に水分も飛んだやろって指先で確認するまではちゃんとやりきる。
満足してスイッチを切ると、乾かしたてでふわふわした髪を撫でながら財前が振り返った。
「…どーも」
「うん、無駄のない乾かし方や」
「はっ、似てへん」
「あー、眠っ」
ドライヤーを机に置いて大きく伸びをする。
ついでに大口で欠伸する俺を呆れたように見上げて、財前は立ち上がり畳の方へとスタスタ歩いて行ってしまう。
「あれ、髪セットせんの?」
「起きたらしますわ。めっさ眠い」
言って、靴を脱ぎ捨てほぼ倒れると言っていい勢いで財前が畳に倒れ込む。
手探りで座布団を探り寄せて頭の下に挟んだまま、財前は動かんくなった。
背中を丸めて目を閉じる財前を見てたら俺も意識がふわふわしてきて、おぼつかん足取りで畳へと上がる。
財前の横に寝転んで同じように座布団を探したけど、他のは離れた場所にあったから取りに行くのも面倒くさくて財前の頭を押して端の方に自分の頭を載せた。
薄目を開けた財前は嫌そうな顔をしたけど、もう文句を言う気力もないんかそのまま目を閉じてしまう。けどしっかり文句は飛んできた。
「謙也さんうざい…」
「まあそう言うなや」
「こら…帰り冷やしぜんざい奢り…」
決定すわ、の言葉尻はほとんど掠れて聞こえんかった。
見れば、男子にしては長めの睫毛はしっかり伏せられて口からは規則的な呼吸が聞こえる。
至近距離でぼんやり財前の顔を眺めながら、奢るんはお前やろ。誰が髪乾かしたったと思っとんねんと思いつつ。
ふと目に入った顔の横に投げ出された手を握ったら冷んやりと心地良かった。
低体温だからかプールの後だからか。
すん、と吸い込んだ空気に財前の髪と微かなカルキの匂いを感じたところでどっちでもいいかと思い目を閉じた。
この冷たくて気持ち良い手の借り賃に冷やし善哉奢ったってもええでって、起きたら言ってやろ。
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謙光未満な話でした。
こう、謙也くんが光の髪乾かしてたら可愛いなと思っただけの話。
追記:読み返したら光パン一のまま寝てるやん!服着てる描写無いやん!と焦りました。まぁいいか。
10.07.03