「お疲れさん」
ざわついた人混みの中でも、はっきりと通る声。最早聞き慣れたその声に顔を上げて、驚きに数度瞬く。
「あんた…また髪染めたん」
「うん、昨日の夜、ちゃちゃっと」
中学を卒業してからは、一年前に一度見たきりの金色の髪。それが酷く懐かしく感じて思わず笑みが零れる。
「冬休みやからって浮かれ過ぎちゃいます?」
「社会人のくせに年々ピアスホールが増えるお前に言われたないわ」
言いながら、謙也さんは俺の手からさっと紙袋を取った。中身は冊子と紅白饅頭。
ちらっと覗き見た謙也さんは去年と変わってへんなーって呟いてから歩き出した。その後を俺もついて行く。
「連れと遊びに行かんでええん?」
「夜に飲み会ありますけど、一旦解散。着替えたいし」
詰まってた息を吐き出しながらネクタイを緩める。着慣れてないスーツはどうにも窮屈で息苦しい感じがした。
「でもよう似合うてんで。流石俺の見立てやわ」
「派手やて散々言われたわ。黒シャツに赤ネクタイでグレーの縦ストライプて、どこのギャングやねん」
「いいやん、似合うんやから」
嬉しそうに笑う謙也さん。去年自分が同じ立場やった時は、あんなに思い詰めた顔をしてた癖に。
長いこと一緒におり過ぎて、この人の事が好き過ぎて。ずっと見てたから、わかりやすい性格も重なって謙也さんが何を考えてるんかは八割方わかってしまう。
去年のあの時も、ほんまはわかってた。でも社会人一年目で19歳やった俺は、謙也さんの言葉を促す事も代わりに言う事も出来んかった。
たった一年。19歳が20歳になっただけ。
でも、されど一年。この一年は、あらゆる準備や覚悟をするには十分な一年やった。
誕生日でなくて、今日。それは口に出さずとも二人共通の願い。
金色に戻された髪と、あの頃と同じ配置のカラーピアス。それが、お互いに示したサイン。
「謙也さん」
「ん?」
「俺は女とちゃうし、俺らは普通のカップルとちゃうから。やから、あんただけがそんな気負う必要ないんすよ」
「え…?」
足を止めた謙也さんは目を大きく見開いて、真っすぐに俺を見てる。
そう、俺も男やから。待ってるだけではもうおれん。
「謙也さん、俺と一緒に暮らして下さい」
「…ひか…え、ちょ、待って、」
「待ちません。こんなん、同じ気持ちでおるならどっちからでもいいやんか」
今更謙也さんが他に行くかもなんて心配はしてない。勿論俺も同じ気持ちで。
ならもう迷う事なんかない。謙也さんの悩みはわかるけど、それは俺がカバー出来る用意もある。
「一年前、謙也さんが何を悩んでたんかもわかってる。まだ学生のあんたが、社会人の俺に言いにくかったんも知ってた」
「光…」
「引っ越し金、敷金礼金と向こう三ヶ月位の生活費は貯めた。それでも不安ならプレミアついたレコード全部売ります」
一応、悩みはした。謙也さんの格好つけたがりな性格も、年上やから見栄張りたいって気持ちも充分過ぎる程知ってたから。
でも、俺も形で表わしたかった。全部を謙也さんにかせてしまう関係でいたいんじゃない。
謙也さんは何も言わずに俺の言葉を聞いてくれてる。あの日以降、これは二度目の告白。
「絶対幸せにする、なんて胸を張っては言えません。やっぱり普通な関係ではないから、お互い辛い思いもすると思う。でも、」
そこで言葉が詰まる。もうずっと前から心に決めてた言葉やっていうのに。
迷いがある訳でも、恐れてる訳でもない。やのに、酷く喉が渇いた。
一度唾を飲み込んで、紙袋を持つ謙也さんの左手に触れる。少し緊張が解れた隙に、しっかりと目を見て言った。
「…離れません、絶対。最後まで一緒に歩いて行きます、必ず」
「光…」
決して人通りが無い訳じゃない道端で、大の男二人で何してんねんって感じやけど。
人目なんか気にする余裕ない。今は謙也さんから目を逸らす事が出来へん。
会ってからずっとポケットに突っ込まれたままの謙也さんの右手。それが、少し揺れた気がした。
「…ほんまに?」
「え?」
「って、確認するまでもないか。そやな、うん」
「…謙也さん?」
「手、繋いでもいい?」
俺の返事を待たずに、触れてた手を握り込んで謙也さんは微笑んだ。
暖かい手。冷え症の俺とは正反対の、大きい手。でも、相変わらず右手はポケットの中。
「俺、まだ学生続けるし、就職に向けて忙しくもなるからバイトもそうそう出来んけど。光に一杯迷惑も負担もかけてまうけど」
握られた手に力が籠る。ようやく出された右手は拳のまま、俺の目の前に差し出された。
「俺も、最後まで一緒におりたい。喧嘩もするやろし、立ち止まる事もあるかもしれんけど」
拳が、ゆっくり開かれて。現れたのは、細身のシンプルなシルバーリング。
「一緒に歩いて行こう、光」
指輪は、そっと俺の左手の薬指に嵌められた。冷たい筈の金属は、持ち主の所為で温かくなってしまってたけど。
そのお陰で、指輪はすぐに俺の肌に馴染んだ。
「…あんたまさか、これ一年ずっと持ってたんすか」
「え、うん…去年渡し損ねたから、今年こそはって」
「……スピードスターが聞いて呆れるわ」
あかん、今日は俺が格好良く決めて惚れ直させるつもりやったのに。多分今、顔は真っ赤に染まってもうてる。
普通なんかいらんと思ってた。形だけの繋がりなんて下らんとも思ってたのに。
こんな小さい指輪一個が、嬉しくて仕方ないとか。俺の方が呆れられる。
「有難うな光。最初も、最後も俺を選んでくれて」
「それはお互い様ですわ」
「ほんまやな」
「…なぁ謙也さん、俺、飲み会までもうちょい時間あるんですけど」
「ん?」
ほんまは今すぐ不動産屋行って部屋決めて、引っ越しまでしてしまいたい。
でも、これから二人でずっと暮らすとこなら適当には決めたくないから。せめて。
「指輪、買いに行きましょ。謙也さんの分」
「…ええの?」
「給料三ヶ月分は無理やけど」
謙也さんが一生懸命選んでくれたこれがこの先ずっとの決意の表れなら、それは相手の指にも在って欲しい。
結婚は出来んし、子供も作れんけど、一緒に歩いては行けるから。その証を、謙也さんの指にも馴染ませたい。
20歳の冬、成人式当日。
気持ちを確かめ合った後の一歩目は、そこに向けてのものやった。
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辛うじて次期外れは逃れたと言って良いのでしょうか…成人式謙光。
私の中で謙光はもう当然ずっとずっと一緒にいるもんだと思ってるので…。
既に一回謙也くんからプロポーズ的な話は書いてるので、今回は光からと言う事で。
要するに謙也くんが学生で光が社会人でって関係性に萌えた結果がこれでした。謙也も光もお幸せに!
11.01.15