「もうええから、謙也さんは座っといて下さい」
「嫌や。お前こそごちゃごちゃ煩いんやったら座って待っとけて」
機嫌悪そうに言う謙也さんは少しも視線をこっちにくれんまま真剣な顔で自分の手元を見詰めてる。
さっきから何度このやり取りしたかわからん。なんとかして止めんとって思うけど謙也さんは聞く耳持たず。
このままやと数十分後には確実に殺人兵器が生み出されてしまう。なんでこんな事になったんやろ。
世間で言うクリスマスの今日、練習終わりにパーティーという名目で部室で散々騒いだ。
ケーキも無いし料理も無かったけど、スナック菓子とジュースだけでもテンションの上がるメンバーやからそこは問題なかった。
無駄にクラッカー鳴らして食べ散らかして騒ぎに騒いで。そんなパーティーも夕方にはお開きになった。
各自家族との予定もあるやろって部長の配慮やったけど、運良く福引きで温泉旅行なんか当てた義姉さんのお陰で家には誰もおらんのが俺の現状。
家族との旅行より部活を選んだのは俺自身やからいいねんけど、どうせ一人になるんならもう少し騒いでたかったなって言うんが本音。
それが顔に出てたんかどうかはわからんけど、多分気を使ったらしい謙也さんに帰り際腕を引かれた。
「何、お前今日一人なん?ほな俺晩飯作りに行ったるわ」
事情を説明したら謙也さんは間を置かずにそう言い放った。
なんで、とかあんた家族は、とか。言い返したい事はあったものの謙也さんは戸惑う俺を待たずに歩き出す。腕を掴んだまま。
結局それらの疑問を問う暇なく今に至る。
そもそも謙也さん料理出来るん?って疑問の答えだけは、今目の前にはっきり示されたけど。
「…謙也さん、これなに」
「唐揚げ」
「…こっちは?」
「ビーフシチューやろ」
お前が食べたいって言うたやんか、って謙也さんは眉間に皺を寄せる。
帰り道スーパーに寄った時、謙也さんに聞かれて確かに俺は言うた。唐揚げとビーフシチューが食べたいです、と。
でも今俺の前に並ぶのは絶対にそれらのメニューじゃない。作業工程見てたから薄々気付いてたけど、どうやら謙也さんは料理が出来ないらしい。
黒い塊が積まれた皿と、どす黒いどろどろした液体が注がれた皿。これらを前にして胸を張ってる謙也さんはある意味勇者や。
「一応聞きますけど、」
「なんや」
「…喰う気っすか?」
「取りあえず挑戦はする」
「……そう」
その返答に少しだけ安心した。挑戦って事は一応、謙也さんもこれらが普通の料理ではないって自覚はある訳や。
「お前無理そうならええで」
「や、付き合いますわ」
まあ確かに勿体ないし、もしかしたら見た目がアレなだけで味は案外いけるかもしれんと思って謙也さんの案に乗ることにした。
スプーンと箸を出してテーブルに座る。向かいの謙也さんは早々に唐揚げに箸をつけとった。
「ほな財前シチュー担当な」
「了解」
「いくで、せーの」
謙也さんの声に合わせてシチューを口に運ぶ。途端、口内にえげつない味が広がった。
吐く程ではないけど、舌をえぐるような苦味と相反した酸味。とてもじゃないけど食べ進める気にはなれん。
見れば、謙也さんも唐揚げを頬張ったまま固まってる。ぴくりとも動かん謙也さんにそっとティッシュ箱を差し出したらようやく目が揺れた。
四枚位引き抜いて一応後ろ向いてから口の中の物を吐き出したであろう謙也さんに、俺は立ち上がってキッチンに向かいながら聞いた。
「謙也さん」
「………なに」
「サッポロ一番と好きやねん、どっちですか」
「…サッポロ一番」
流石にもうその物体で食事を済ませる気は失せたらしい謙也さんは、そう呟いてから大人しく座ってた。
こんな事になるんやったらマクドかケンタッキーでも買ってきたらよかったかもしれん。
そう思いながら俺は二つの鍋を火にかけた。
「なんや、チキンかケーキでも買うてきたらよかったな」
謙也さんがそんな事を言い出したんはラーメンを食べ終えて食後のコーヒーを飲んでる時やった。
自分から作るって家に押しかけた結果がアレで流石に気まずいんか、謙也さんは少しだけ肩を落としてる。
確かに俺も買った方がよかったとは思ったけど、珍しく落ち込んだ様子の謙也さんに追い撃ちかける程鬼じゃない。
「まあ、気持ちだけもろときます」
「でも…そや、コンビニでケーキ買ってきたろか?」
「ケーキ?」
確かにクリスマスと言えばケーキやけど、この人んな甘党でもないし何をそんな必死にクリスマス求めてるんかがわからんかった。
ケーキ食べたい気分なんかなと思ってふと戸棚の中の物を思い出す。
「ホットケーキで良かったら作れますけど」
「は?」
「ケーキ。食いたいんちゃうんすか」
言いながら棚を見に行けば記憶通り、そこにはホットケーキミックスが仕舞われてた。多分甥っ子用やけど、使っても問題無い筈や。
冷蔵庫には卵も牛乳もあるし、と全部確認してから謙也さんを振り返る。
「喰うんやったら焼くけど」
「…あ、うん…食べる」
自分から言い出した割に嬉しそうじゃない謙也さんを怪訝に思いつつもさっさと用意を始めた。
謙也さん同様料理とか出来ん人間やけど混ぜて焼くだけならなんとかなる、筈。
「…手伝おか?」
「焦げた生焼けは勘弁っすわぁ」
普段の軽口。嫌味と言うより最早お約束な返しをしたら次に来るんは拗ねて怒った風に見せる謙也さんの声。
けど、謙也さんは黙ったままでなんも言い返してこんかった。フライパンを火にかけてから振り返ったら、謙也さんはテーブルに視線を落として唇を噛み締めてる。
「謙也さん…?」
「ん?何?」
「…いや、」
呼び掛けたらすぐ顔上げて返事するし、表情もいつも通り。気のせいやったかと思い直して熱したフライパンにたねを流し込む。
「…なあ財前」
「なんすか」
「俺、もうちょい料理出来るようなるわ」
「は?」
急にわけわからん宣言をし出した謙也さんを振り返ろうとしたところでホットケーキの表面にぽつぽつと穴が空き出す。
確かこれ見逃したらミスる、と思って身体の向きは変えんまま声だけをテーブルに投げた。
「なんでまた」
「や、だって…出来た方がええやろ」
「…まあ、せめてカレー位作れた方がいいかも」
謙也さんは多分カレーも作れんやろうなとわかっていての発言やった。思った通り謙也さんは少し黙り込んで、その間に俺はホットケーキをひっくり返す。
「…わかった。ほなカレーとサラダな」
「何が」
「来年のクリスマスのメニュー」
やっばちょっと焦げた。位置もズレたから形も崩れたし。
なんとか形を丸に戻そうとフライ返しで格闘しつつ、少し間を置いてはた、と動きが止まった。
「…来年?」
「そう、来年」
気付いたら俺は振り返って謙也さんを真っすぐ見てた。謙也さんも、俺を見てた。
なんでか、そうした事が間違いやったように思えてくる。見てさえなければ、軽く流してしまえたのに。
謙也さんの表情は、真剣そのものやったから。
「来年こそ俺が美味いもん喰わせたるわ」
言って、ようやくニッと笑って見せる。そこでいつの間にか詰めてた息を大きく吐き出した。
なんや、いつもの謙也さんや。
「…クリスマスにカレーって。丸一年あるんやからチキン焼くわ位言ってや」
「ほなチキンカレーにする」
何それ、って軽く返しながら焼けたホットケーキを皿に乗せる。ちょっと焦げたけど許容範囲やろと一人納得して謙也さんの前に置いた。
バターの塊のせてシロップかけたらそれなりの見栄えで満足する。真ん丸にはならんかったけど。
「二年続けて男同士でクリスマスするつもりなん、あんた」
フォークとナイフを差し出しながら言うたら、伸ばされた謙也さんの指先が手に触れて驚いた。
体温高い筈のこの人の指が、酷く冷たくて。
「…謙也さん、手、」
「嫌か?」
「え?」
「クリスマス、来年もこうしてんの」
言葉を遮った謙也さんは、いつの間にか触れてただけの指先で俺の手を握ってた。
冷たい。冷え症の俺の手より、ずっと。
そのくせ向けてくる視線は熱いもんやから、正直戸惑ってしまう。何、なんなんこれ。
「なぁ、嫌?」
「いや…やない、けど、」
「ほな決まりな」
途端、謙也さんは笑顔になって俺の手からフォークとナイフを取って離れた。
無邪気にホットケーキを食べる姿はいつもとなんら変わらん謙也さんやけど、俺の手にはまだ冷たい指の体温が残ってる。
続く戸惑いを隠せんままで立ち尽くしてたら、一口目を飲み込んだ謙也さんはくしゃっと笑って顔を上げた。
「財前も、来年は焦げてない丸いホットケーキ焼けるようにしといてや」
「……真ん丸にしたりますわ」
いつも通りのやり取りで、いつも通りの謙也さんの笑顔。
ただ、俺のざわついた心だけがいつもとは違うこの現状で。
来年のクリスマスにはこのざわつきも収まってるんやろうかと、俺は俯いてひたすらホットケーキを食べる事しか出来へんかった。
苦い筈のホットケーキが、なんでか凄く甘かった。
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2010年に上げてたと思ったのに上げれてなかった次期外れ過ぎるクリスマス話でした。
今回は謙也くん→光な感じで。どうしても光→謙也くんな話を多く書いてしまいがちなので。
今年のクリスマスはべたーな普通の恋人同士デートな謙光が書きたいです。
11.01.10